クリスマスおめでとうございます


「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。」 (ヨハネ1章1節、14節)

クリスマス、心からおめでとうございます。
絶対者なる神、聖であられる神が … なんと! 人となって私たちのところに来てくださいました。それも家畜小屋の飼葉おけにお生まれになったのです。私たちの心の最も汚いところに救い主として来てくださったのです。
なんという神の愛!
なんという神の謙遜!

「キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。」(ピリピ2章6、7節)


「わたし(キリスト)が来たのは、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためです。」(マルコ10章45節)

至高の神が、私たちのためにどん底まで低くなられたのです。
それに対し、サタンの姿は正反対です。

「神である主はこう仰せられる。あなたは全きものの典型であった。知恵に満ち、美の極みであった。 … あなたのタンバリンと笛とは金で作られ … あなたの心は自分の美しさに高ぶり … そこで、わたしはあなたを地に投げ出し … 」(エゼキエル28章12〜17節)

「あなたは心の中で言った。『 私は天に上ろう。神の星々のはるか上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山にすわろう。密雲の頂に上り、いと高き方のようになろう。』」 (イザヤ14章13、14節)
 
サタンはこの「高ぶり」という猛毒を人類に注入してしまいました … 悲しいかな、私たちもその例外ではありません。私たちの悲惨、罪の根本原因がここにあります。そしてサタンは今や、この世界をいよいよ高く高く押し上げようとしています。恐ろしい「高慢」という世界に。

クリスマス、それはこのサタンの猛毒「高ぶり」からの解放の時です。
私たちのために、どこまでも低く、低く降ってくださった主を見つめてクリスマスを迎えましょう。主の御前にへりくだりましょう。主の愛と謙遜をもって人々に仕え、主を証ししましょう。素晴らしい私たちの主に向かって、力の限りほめ歌を歌いましょう!

ユーオーディア代表 柳瀬 洋